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福島県の旅 その1 [秘境駅じゃない旅]

ものすごく久しぶりの更新になりました。
まだ体調はいまいちの日々なのですが、
何とか色々な対処法を試しながら、やっております。

それで今回、ゴールデンウィークの後半を利用して、
福島県に行って来ました。

旅の目的は・・・
本当は体調が万全だったら、
まだまだ必要と言われるボランティアに行きたいのですけれど、
半日ちょっと無理をすると1〜2日寝込む、という私のペースでは、
行くだけ迷惑になりそうなので、
福島の今をとにかく見る、知る、
もちろん、自分達も楽しみ、休む、
という旅にしたのでした。

まずは2日の夕方、それぞれの仕事を終えてから、
私達は上野から常磐線「スーパーひたち」で泉まで行き、
その日はそのまま宿泊。

翌日3日に、アクアマリン福島に行きました。

アクアマリン福島のことは、多くの方がご存知と思いますが、
震災直後の停電でたくさんのお魚が死んでしまい、
(20万匹以上の生物が死んでしまったそうです。)
大変な被害を被ったのですが、
多くの方々の協力と努力によって、昨年夏に再開にこぎつけたのです。
(そのあたりの経緯については、アクアマリン福島のブログに
詳しく記録されています。)
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushimaaqua

水族館好きの私達としては、行かない訳にいかないじゃありませんか!

しかし、その日は関東〜東北は、暴風雨の日。
タクシーで水族館まで乗り付けたものの、
(当初は泉駅からバスで行く予定でした)
タクシーを降りてから水族館入口までの数十メートルで、
すっかりズボンがぐしょぐしょに・・・

でもね・・・すごいよ。
朝9時の開館ぎりぎりの時間に行ったのに、
ものすごくたくさんの人が、子供も大人も暴風雨の中、
列をなして水族館に入って行くよ・・・

すごいなぁ、いいなぁ・・・
アクアマリンチケット.jpg

水族館の中は、被災前を知らないので、
以前との違いはわからないのですけれど、

魚の美しさを様々な形で鑑賞できるのはもちろん、
お見合い.jpg

人との関わりや歴史を学ぶところもあり、
(うなぎと人との関わり、シャケと人との関わりなど)
うなぎ.jpg

子供が楽しむスペースもあり、
圧巻の大水槽もあり(イワシやマグロ、カツオなどがいました)、
大水槽.jpg
シーラカンスの研究もあり、
(ビデオやホルマリン漬けのシーラカンス、
様々な研究資料、シーラカンスをモチーフにした工芸品等)
シーラカンス.jpg
そして、震災直後からこれまでの記録もあり、
とっても見応えのある内容でした。

特に震災後、多くの生き物が死んだ中を生き残って、
今元気に展示されている魚や海獣達を見ると、
その命が守られて、本当に良かったなぁ、と思いましたし、
またそのために多くの方が努力なさったことを思うと、
感慨もひとしおでした。

一通り見終わったところで、こんなアイスも・・・
ごんべアイス.jpg
アイス最中で、ごんべというのは、アフリカのコモロ諸島で、
シーラカンスのことを「ゴンベッサ」というのにちなんでいるそうです・・・

気がついたら、館内で5時間過ごしていました。

行き帰りに乗ったタクシーの運転手さんは、
そのあたり一帯の被害について、教えて下さいました。

水族館の周辺は、地形的に入り組んでいないことと、
海辺には工場地帯があったため、
津波による住宅地の被害は、ひどかった地域から比べれば
少なく済んだとのことでした。
(それでも、大人の胸の高さぐらいまでは水が侵入したそうです。)

でも、道路はデコボコになって、一切の流通が止まり、
電気や水道も止まり、
最初の一週間はお風呂にも入れず、大変だったそうです。

デコボコになった道路は、今はほとんどきれいに修復されていますが、
以前から見ると、道路が斜めに傾いてしまったそうです。

そして、海辺にはまだ、ところどころ、
津波で壊れた船や、ガレキらしいものが
集められているところがありました。

本当はすぐ近くの「ららミュウ」という
観光物産館にも行きたかったのですが、
水族館でエネルギーを使い果たした私達は断念・・・
(妻が体調不良だから、無理できない)
また来るよ、ということで、その日は退散、
いわき駅前のビジネスホテルに泊まったのでした。
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ダンナさんとデート [おのろけ]

猿・・・いえ、去る12月8日は、
パールハーバーの日、ジョン・レノンの命日、
悲しいことが思い浮かぶ日ですが、
我が家にとっては、

ダンナさんがこの世に生まれた日!

という、めでたい日なのであります。

でも、12月に入ってから、私の体調はあまり良くなく、
ダンナさんも忙しいため、
大掛かりなパーティーなどはしないで、
二人で前日の7日夜に、映画を見に行きました。

お互いの体力を考えて(ダンナさんは仕事帰り)、
遠出はせず、
家から30分以内で行けるシネコンに行き、
ご飯を食べて、ワインをちょっとひっかけてから、
三谷幸喜監督の「すてきな金縛り」を見て来ました。

いやぁ、笑ったです!
久しぶりにあんなに笑える映画を見ました。

あと、見終わった後に、シナモンティーを
飲みたくなりました。
飲んだら、ダンナさんのお父さんに会えそうな気がして・・・
(^_^;)

****************
このところ私は、また体調がよろしくない日が続いていて、
それにもかかわらず、今月いっぱい、
仕事やら教会の奉仕やらが、つまっていて、
すべてをこなせるのか!?と思うと不安なのですが、

以前と少しだけ違うことは、
それらの仕事が、こなせるかこなせないか、
ということが、私の中で、
自分の存在価値と直結しなくなったことでしょうか。

もちろん、仕事はきっちりやるように
努力することは変わらないのですが、

うまく行かない時も、
自分自身をあまり責めないで居られるようになった、
あるいは、責めてしまいそうになっても、
「おっと、責める必要はないんだ。」
と気づけるようになったことは、
外からはわからないかもしれませんが、
私の心の中では、大きな変化だと思います。

すべては、神様とダンナさんのお陰です。

ダンナさんは、私がどんな状況になっても、
どんなミスを犯しても、
何もできずに寝ているしかないような日でも、
同じように優しく、私を愛してくれて、
励ましてくれます。

また私の当事者研究を、
いっしょにしてくれます。
たくさんお話ししてくれます。

すべて自虐に走ることでしか、
物事に対処する術を持たなかった私に、
(み〜んな私が悪いのよ。
と言っておけば、すべてが済んでいた。)
そうではないやり方を、
ダンナさんは毎日教えてくれます。

ダンナさんは、私に大事なことを教えるために、
神様が遣わして下さった天使なのだ、
と、結婚6年半たって、ますますそう
信じるようになっている私です・・・

ダンナさん、本当にありがとう。
色々としんどいことがあっても、
これからもっと辛い日もあるかもしれないけれど、
一緒にニコニコして歩いて行きましょうね。
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研究にハマる [でもクリ日記]

このところ、私の体調不良は少しずつ改善され、
身体が少し動くようになって来ました。
色々とご心配頂いた方々、ありがとうございます。

それで、最近の私の課題は、私の精神的な部分に移りつつあります。
この日記を以前よりご覧の方は、既に気づいていらっしゃると思いますが、
私の精神的な傾向は、ネガティブ思考、
セルフイメージが低いゆえの、うつ傾向です。

本格的に辛い時期は十年以上前に脱しているのですが、
(カウンセラーの助けで、
アダルトチルドレンの自分を保護しました。)
このところの○うねん期による体調不良を通して、
「できないこと」「じっとがまんすること」
が増えるにつれて、
セルフイメージが更に低下、ネガティブ思考も強まって、
精神的にも辛く感じられることが多くなって来ました。

それで、一年前ぐらいから、時々やっていたのが、
「当事者研究」。
(twitterでは自分の研究プロセスを時々つぶやいておりました)

北海道の「べてるの家」から広まって、
今では全国のあちこちで行われるようになり、
そして、私が関わっていた(現在お休み中)
池袋の路上の方々の支援でも実践されているこの研究を、
自分自身でもはじめていたのでした。
(当事者研究の詳しいことは、
http://bethel-net.jp/
をご覧下さい。)

といっても・・・うちの場合は私がだいたい一人で研究して、
ダンナさんが研究員として助けてくれる、という、
たった二人の研究所なのですけれど、
(ダンナさんは今のところ、研究の必要はないらしい。)
それでも研究すればする程、
自分の気がついていなかった大事なことを発見できて、
それによって少しずつ、辛かったことがそれほどではなくなって行ったり、
生活や仕事の仕方で、私に向いたやり方を見つけることができたり、
うれしいことが多いため、
最近は味をしめて、頻繁に研究するようになって来ました。

これまでは印刷文書の裏紙に書いて研究していたのですが、
(研究結果は、冷蔵庫に貼っておいて、
後でダンナさんの意見をもらったり、見直したりする)
一昨日とうとう、研究ノートを作っちゃったよ。

これ、学校とか、職場とか、家族とか、
色々な仲間でやるととても良いと思います。
学校なんかで、当事者研究を体験しておくと、
子供達がこの厳しい時代を成長して行くのに、
とても良いんじゃないか、と思ったりします。

すべての人がこれで良くなる、という訳ではないと思うけれど、
(そういう思考が合わない人もいるかもしれないし、
そういう場の環境を整えるのも、結構難しいかもしれない)
色々と辛さや息苦しさを感じている人には、
とても良いのではないか、と思います。

私の詳しい研究結果は、まとめるのが結構大変なので、
いずれ気が向いたらアップするかもしれないし・・・
しないかもしれない!(^_^;)

それで、何でこれが「でもクリ日記」カテゴリに
入っているかというと、
私の場合、当事者研究を進めて行くと、
神様の言葉が自分にとってはどうなのか?
という問題にもなって行くなぁ、と感じたからなのですね。

でも、そういうことは関係なく、
どんな信仰や主義を持っていても、お薦めです。
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R叔母その後 [日々の出来事]

久しぶりの更新です。
R叔母のその後のご報告です。

叔母はあれから、長いリハビリ期間を経て、
先週自宅に退院しました。

その間に叔父は、介護保険の申請をし(要介護2の結果でした)、
家をバリアフリーに直し、

今は週に3回ヘルパーさんに手伝って頂きながら
療養しています。

認知症の方は、やはり、いちだんと進んだようです。
もう、一人ではトイレができない、
食事をしたかどうか、わからない、
という状況だそうです。

この態勢でうまく行くのか、心配ではありますが、
叔父からは特に手伝いの要請もなく、
何より正式に介護認定がおりたので、
プロの方々の手を借りながら、
叔父の老老介護がなんとか回って行くことを
祈っているこの頃です。
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R叔母 [日々の出来事]

私には母方の叔母が二人います。
一人は今年の1月に亡くなったY叔母、
もう一人はR叔母です。
R叔母は北陸のY叔母の家の近くに
旦那さんである叔父と二人で住んでいるのですが、
2年程前から認知症の症状が出ていました。
Y叔母が亡くなったショックからか、
今年に入ってからは、症状が悪化しているようでした。

そんなR叔母が、春に胸にしこりがあると言って病院に行ったところ、
乳ガンと診断されました。
しかも両胸から別々にできたガンが見つかったのです。
(ステージは、1と2でした。)

だけど、R叔母の認知症はかなり進んでいて、
ガンの検査を受けることさえ、かなり耐え難かったようです。
とうとう、検査中に大きな音が鳴るMRIは
完全拒否で受けることができませんでした。

それでも他の検査を総合した結果、
ガンを手術で取るべしという診断がおり、
(他の治療は考えられない、というような説明でした。)
先週手術をしました。

81歳になる母といっしょに、
私も手伝い(半分は母の心身のサポート)に行きました。

叔母は手術の前に一通り、
病状の説明を主治医から受けたのですけれど、
乳腺科の先生は、認知症の人に慣れていないようで、
難しい言葉をポンポン使うため、
本人は先生が何を言っているのか、よくわからなかったもよう・・・

一応後で家族が、本人にもわかりそうな言葉で説明すると、
その時は、「ふーん」と納得したような顔をするけれど、
ちょっと時間が経つと、何を説明されたのか、忘れている・・・
時には、自分が何の病気なのかも忘れて、
私はな~んにも悪いところはないんですよ、と
主治医に言ったりしている・・・

そんな叔母が手術なんか受けて大丈夫なのだろうか?
という不安はありましたが、
その病院は、認知症治療でも有名な病院で、
叔母もずっとそこにかかっていたので、
両科でうまく連携して頂けるのだろう、
と思っていました。

でも私達は、認知症の人の手術が、
どんなに本人にとっても周囲にとっても大変なものか、
そして、病院という場所が、認知症の人に関しては、
ほとんどまともなケア方法を持っていないということ、
(認知症で名高い病院で、そこにかかっている患者なのに)
実際に体験するまでわかりませんでした。

術後に麻酔から覚めた叔母が、
どうなったかというと・・・

どうしてこんなに胸が痛いのか、わからない。
どうしてこんな気持ち悪いマスクをつけているのか、わからない。
どうしてこんなに身体を締め付けられているのか、わからない。
どうしてこんなにたくさんの管が身体についているのか、わからない・・・
という訳で、恐怖と怒りで大変なことになっていました。
(若い時には、2回も手術を受けた経験があるのに、
それも全部忘れているようでした。)

私は病院に騙された、こんなひどいことになるなんて、
誰も言っていなかった、
こんなところに来るんじゃなかった、
早くこんなもの全部はずして、家に帰る、
こんなに辛いんだったら、もう殺してくれ・・・

そして、わずかに動く手で、管をもぎ取ろうとしたり、
傷口を締め付けているバンドを取ろうとしたり、
酸素マスクをはずそうとしたりしました。

私達(家族と看護士さん達)はその度に、
これはどうしても今、治療のために必要なものだから、
今だけがまんしてね、辛い思いをさせてごめんね・・・
となだめながら、何とか管やバンドの保持に努めましたが、
そういった抵抗は、叔母が起きている間はずっと続くので、
かなり大変でした。

更に二日目になって、少し身体が動くようになると、
怒って実際に強い力で管を引きちぎろうとするようになったり、
帰る、と言って、ベッドから起き上がって歩き出したり、
(それだけ身体は元気になって、めでたいことなのですが)
ますます目が離せなくなりました。

そこで、本来は完全看護の病院なのに、
夜間も家族の誰かが泊まって付き添ってくれないか、
と言われました。

でも・・・そこに居たのは、
叔母の旦那さんと、息子(私には従弟)と母と私。
従弟にはなかなか休暇も取れない仕事があって、
術後3日目は、もう家に帰らなくてはならない。
そして、母も叔父も高齢で、夜中付き添ったりしたら、
絶対に倒れる・・・(昼間の付き添いだけで、かなりへとへとになっている)

私が付き添おうか?と言ったのですけれど、
私も更年期のさなかであり、母のサポートも必要なので、
一晩ぐらいは可能でも、毎夜付き添うのは無理だろう・・・ということで、
夜中は専門の付き添いの方を頼もう、ということになりました。

本当は家族しか付き添いができない決まりがあるそうなのですが、
背に腹は代えられない、ということで、
現場の看護士や医師の方も許して下さったので、
すぐに手配しました。

来てくれる方はすぐに決まり、あー良かった、これで何とかなる、
と、病室に簡易ベッドを運んで頂いて、準備していたところ、
いきなり病院の上層部から、
家族以外の付き添いは絶対にダメ、というお達しが来ました。

更に、夜中に家族が付き添えないのならば、
夜中に本人が暴れた時には、「抑制」しても良いという
同意書を書け、という・・・

つまりは、叔母の手足をベッドに縛り付けるということ・・・

げっ・・・何考えとんのじゃ!?この病院!

叔母はこの病院の神経内科で認知症の治療も受けているのに、
その病院の出す答えが、人を縛ることかいっ!?

そんな野蛮なやり方が、まだ病院にはあるのかいっ!?

かなり驚きました。
ハラワタが煮えくり返りました。
叔母がこれまで、「病院に騙された」と言っていたけれど、
本当に私達は騙されていたんだ・・・
「すぐに帰ろう」と言っていた叔母は、正しかったんだ・・・

私はこれまで、一生懸命に叔母をなだめて、
何とか治療を継続しようとしていたことが、
すべて水泡に帰したように感じて、力が抜けてしまいました。

叔父はそれでも、その同意書にサインしました。

私は・・・もしもこれが自分の親だったら・・・
すぐに認知症患者を縛らずに治療してくれる病院を探して、
できるだけ早く転院させていたと思います。
(実際にとても少ないけれど、そういう方針の病院もあるようですし)

でも、私は叔母の娘ではないから、
家族である叔父と従弟が叔母を縛ることを決めるのならば、
それを非難する資格はないのだ、

またもしも私が、叔母を無理矢理転院させるとしたら、
それは叔母の家庭を踏み荒らすことであり、
私の自己満足でしかない・・・

それでもその日は宿に帰って、
ず~っと割り切れない気持ちで居ました。
本当にこれで良いのか、
私は神様の前に恥ずかしいことをして逃げて来たのではないか?
ずっと自問自答していました・・・

私は26日の夕方に帰って来ました。
(仕事の都合でそれ以上は居られなかったのです。)
26日までは、実際には縛られることなく、済んでいました。
(現場の看護士さん達は、よく訓練されていて、
荒れる叔母に対しても、忍耐強く優しく接して下さっています。
極力縛らずに済むように、夜は睡眠薬を使うなど、
配慮をして下さっています。
そう、現場の方はとてもすばらしいのです。)
今は叔父が一人で看病し、休みの日に従弟が行っています。

あれからどうなったか、まだ連絡はありません・・・

叔母は、本当に手術を受けるべきだったのでしょうか・・・?
あるいは、ガンが完治できなくても、
寿命がつきるまで、なるべく悪化させないように、
痛みができるだけないようにしながら、
叔母が平安に過ごせるような時間を作って行くことは、
できなかったのでしょうか?
(今になって、もっと、そういう方針の病院を探して、
セカンドオピニオンを頂けば良かった、と思います。
実際これが自分の親だったら、私はそうしていたかも・・・)

手術と入院を通して、叔母の心はズタズタになり、
認知症が進んだことは確実です・・・
今回叔母を見ていてわかったことは、
普通の人ならば苦しみながらも何とか耐えられることが、
認知症の人には、理由や状況がわからない分、
何倍も耐え難い恐怖や怒りになり、
その人の心を切り刻むのだ、ということでした。

しかも今回、手術で大変な思いをしているのに、
更に安全のためと、手足を縛られたりしたら、
それは普通の人であっても、耐え難いことなのに、
認知症の叔母には、殺されるにも等しい恐怖を
経験させることになるのではないか、と思います。
いくら扱いにくい認知症になったからと言って、
人の晩年がこんな風であって良いのでしょうか?

こんな、病気を見て人を見ないような貧しい医療のあり方が、
日本にはまだまだ、普通のこととしてまかり通っているのだなぁ・・・

そして私達はどうしようもなく無力だなぁ・・・

はぁ・・・(-_-;)

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ピアノが燃える!? [日々の出来事]

という夢を見た。

私が幼児の頃から30年以上住んだ家で、
私がずっとピアノを練習して来た部屋が燃えている。
毎日練習するから、防音室にしてあった部屋。

部屋のドアを開けると、
私が小学生の頃からずっと弾いている
(ダンナさんと結婚した時に運んで、今も弾いている)、
ヤマハのグランドピアノが
火に包まれているのが見えた。

すぐに119番をしたけれど、
なかなか繋がらなかったり、
消防車が出払っていたりして、
なかなか来てくれない。

家の他のところは燃えていなかったけれど、
ピアノの部屋だけが、激しく燃えていた・・・

夢はそこで終わって、
朝が来て目が覚めた。

起きてから、この夢は一体なんだったのだろう?
と思った。
夢解きヨセフさん(創世記の)が居たらいいのに、
と思ったけど、いないので、
ネットなんかで、火事の夢とか、
大切なものが燃える夢とかって、
どういう意味があるのか、と調べてみた。

占いだと、火事の夢って良いんだってね・・・
(って、目に入って来ちゃったんだもん)

あと、心理的な方面からの記述だと、
大切な物が燃える、家が燃える、というのは、
何かを新しくはじめる、あるいははじめたい、
という心の現れだったり、
あるいは、その大切な物を
失いそうで不安に思っている、
という傾向があるもよう・・・

そう、数年前からあった不安なんだけど、
ピアノを弾くと、指が痛くなるようになって来たんだ・・・
それから、更年期のうつ傾向からなのか、
毎日練習する気力や体力がなくて、
練習をしない日が増えていたんだ・・・

私にピアノを与えて下さったのは、神様。
だから、神様が私からピアノを取り上げられるならば、
それを受け入れよう、とは思って来たのだけれど、
言葉を覚える前から触って遊んで来たピアノを
弾けない日が来るかもしれない、
と考えるのは、やっぱり寂しかったり、
悲しかったり、不安だったりしたんだ・・・

その日、久しぶりに練習してみた。
同級生から教わった、楽器を弾く前のストレッチをして、
30分ぐらい練習して、練習の後は手を冷やしたけれど、
やっぱり後になって、関節がきしむような
かすかな痛みはある・・・

でも、やっぱり楽しいなぁ、と思う。
特に、二日目、三日目になって、
身体がピアノを弾くことに馴染んで来ると、
あの幸せな瞬間を感じ始めている・・・
ピアノを弾く気力と体力も、
少し戻って来たような気がする・・・

弾ける間は、やっぱり弾き続けよう、
と思った。
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少しだけ再開? [日々の出来事]

こんにちは、お久しぶりです。
少しだけ気力と体力が戻って来たので、
また書こうかな、と思います。

といっても、今後の体調によって、
どのぐらい書けるかはわかりませんし、
もともと勝手なことばかりのこの日記が、
更にひとりごとみたいな日記になるかもしれませんが、
たまたまお目に留まりましたら、
ご覧頂けたらと思います。
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お休みしています。 [日々の出来事]

ブログの更新がなかなかできずにすみません。
先月の旅行も、素敵な出会いはたくさんあったのに、
なかなか記事にすることができずにいます。

体調と気力の問題でしょうか・・・
twitterなどに短い文をつぶやいたり、
お友達のブログ等にコメントをつけたり、
というようなことはできるのですが、
それより長い文章をまとめる力がなかなか出ないこの頃です。

仕事と生活は、低調ながらも何とかこなしている・・・
というか、こなせてはいないけど、
何とか毎日やり過ごしていますが、
こちらの更新はまた、もう少し元気が出て来たら
復活したいと思います。

でも、ウツになってひたすら落ち込んでいる、
という訳ではなくて、
ベランダでゴーヤなんか育てて、
後から後からわいて来るコバエの大群と闘ったり、
ダンナさんとは相変わらず、
バカップルしていたりしますので、
どうぞみなさま
ご心配なきようにお願いいたします。

ではでは、また。(^_^)/
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東北に行って来ます。 [秘境駅じゃない旅]

日本全国ゴールデンウィークに入りましたね。
うちは明日3日から7日まで、
ダンナさんと二人で、東北に旅に出ます。

本当はボランティアに行けると良いのですが、
私の体調がまだ思わしくなく、
おまけに、ダンナさんの体調もあまり良くないので、
(二人で仲良く、すがれています。(^_^;))
行ったところでいきなり寝込んだりして、
却って迷惑になると思い、
ハナからあきらめました。

そこで、被災はまぬかれて、あるいは軽く済んで、
観光客にどんどん来てほしい、というような場所に
行って、そんな間接的な、ささやかなやり方ででも
お役に立てたらいいなぁ、
そしてもちろん最近すがれ切っている私達自身が、
東北の自然や温泉に癒されたいなぁ、と思って、
そうしました。

私達の好きな秘境駅にも、あわよくば行ってしまおう、
という企画もあります。
(いつもながら、私達の旅は、
ダンナさんプロデュースであります。)

今回はiPadもあるため、
旅先から旅日記アップもできたらと思っています。

では、行ってきま〜す!
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低空飛行だけど生きてるよ [日々の出来事]

前回の当事者研究で、
ちょっと良い感じをつかんだところで、
大震災が来て、しばらくあわわわ・・・と過ごしていたら、
あっという間に時間が経ってしまいました。

11日、うちは震度5弱でした。
たまたま家に居た私は、金魚の水槽の水がすごい揺れになって来たため、
(揺れが長かったため、水の揺れ増幅されて大波になっていました)
揺れている間ずっと、水槽を押さえていたら、
「ぼっちゃん!」と頭から水をかぶりました。
でも、金魚は無事でした。

私は、震災後のストレスで頭痛や肩こり、地震酔い等になりましたが、
当事者研究のお陰か、休んだり寝込んだりすることに
あんまりひどい罪悪感を持たずに居られるため、
低空飛行ながらも重い抑うつ状態にはならず、
そこそこ笑ったり、ピアノを弾いたり、
ダンナさんといちゃいちゃしたり、
アホなことを考えたりして暮らしています。

地震の後、こんな低空飛行の私でも、
何かできないか、と思い続けています。

地震直後は、マンションの防災ボランティアになって、
14階までの階段を何度も上り下りして掲示物を貼ったり、
(久しぶりの良い運動!)
管理センターの問い合わせ対応の手伝いをしたりしました。
(ちょうど学校がお休みで、比較的家に居たので)

でも、それもとりあえず終了した今、
池袋のtenohasi関係の方や、教会関係の方で、
近く被災地にボランティアに行く予定の方が、
何人もおられる様子・・・
(私が所属するW教会のM牧師も、救援物資を持って、
今度大船渡に行かれます。)

私も何かできたら・・・、
と思うところもあるのですが、
今は自分の体調が悪くて、
現地にボランティアに行っても、
まず自分が寝込んで迷惑をかけることになりそうなので、
自宅に居てできることをしよう、と思います。

今とりあえず、自分が実行しているのは、
みなさんと同じように、節電。

それから、実は普段からうちは、
ペットボトルの水を飲料に使っていたのですが、
それを基本的にやめて、水道水をこしたものにしました。

あと、農産物の風評被害の影響で、スーパーで
茨城、福島、千葉あたりの野菜を見かけなくなりましたが、
(私はずっと買う気まんまんでいたのですが)
ニュースでは、安全基準内のものが捨てられている、
という話をしていたため、
それじゃこちらから買いに行くぞ!と、これに申し込みました。

茨城農産物サポートプロジェクト
 http://www.gokigenfarm.org/0141831
※2000円の野菜BOXを配送。(送料込みで2840円)

あと、こちらは有楽町の催し。
これはいずれ、近くに行ける時があったら、
ぜひ立ち寄ろうと思います。
「買い控えを吹き飛ばせ! 福島・茨城の農家を応援しよう」
http://kotsukaikan-marche.jp/
http://kotsukaikan-marche.jp/pdf/release_110331.pdf

本当は、安全ならば風評被害の野菜を買いましょう、
という方は、たくさんおられるのではないかしら?と思います。
(赤ちゃんやお子さんがいる家は、神経を使った方が
良いようですが、うちみたいに、大人ばかりの家ならばね。)

一般のスーパーもがんばって、風評被害対抗セール、
とかやってくれないかな?
店頭で放射線量測りながら売るとか、
売り上げの何パーセントは義援金になるとか・・・

それから、ダンナさんと話し合って、
5月のゴールデンウィークには、
被災地に近いけど、何とか復旧して
お客さんを待っている観光地とか温泉地に行こう、
ということになりました。
(まだ実際にどこに行くのかは未定です。
多分また、ローカル線に乗って、あわよくば
秘境駅にも行けるようなところになると思います。)

他にも色々と、これはどうかしら?
とアイデア(妄想?)が浮かぶことはありますが、
ここに書くほど固まっていないので、とりあえずここまで。

時々底知れない不安が私の心をおびやかすこともありますが、
(自分の器がちっちゃいことを改めて認識(;o;)・・・
地震直後は余震が怖かったし、今は放射能が怖いよ。)
でも、それだけに、神様に生かされている、ということ、
毎日たくさんのものを頂いて生きている、
ということがよくわかります。
今はそれ以上は言葉になりません。

今日生かされていることに感謝。
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